砂川闘争...まだ終わってなかったんですね。

以下引用。抜粋です。

砂川闘争の跡地利用へ 立川市と住民、あす初会合

旧米軍立川基地(東京都立川市)の拡張計画を反対農民らが阻止した「砂川闘争」の舞台となった土地の利用計画を巡り、同市と地元住民が話し合いのテーブルにつく。闘争から半世紀以上たつが、恒久的な跡地利用に向けた初めての一歩だ。国も交えて立ち上げる協議会の初会合が30日に開かれる。

立川市は07年、地権者5人を協議会委員に加えること、地元が01年に作った平和利用を基本とする「まちづくり構想案」を参考にすること、などを約束し、協議のテーブルにつくことで地元と合意した。未利用の国有地について、国が積極利用の姿勢に転換したのも後押しした。

 国有地を管理する財務省によると、協議が進展し地権者の合意が得られれば測量を行う方針。実現すれば、国の強制測量を巡って警官隊と農民らが衝突、多数の負傷者を出した56年の「流血の砂川」以来のことだ。

砂川闘争〉1955年5月、米軍立川基地の滑走路延長計画が示されると、地元の旧砂川町(今の立川市北部)の反対住民らが「砂川町基地拡張反対同盟」を結成した。国の強制測量をめぐり警官隊と衝突を繰り返し、56年秋には多数の負傷者、逮捕者を出した。地権者約130世帯のうち23世帯は最後まで買収拒否を貫き、米軍は68年、延長計画を撤回。米軍はその後横田基地への移転を発表し、77年、立川基地は全面返還された。

先日の、絵本「さくらこちゃんと さくらの木」

リンク:絵本「さくらこちゃんと さくらの木」購入 - たみぃ (t_aki)の ブログ
この原案、企画の星 紀市さんが...絵本3ページ目の商店街イラストの越後屋豆腐店 主人...が関連本を出されてるんですね。

砂川闘争50年それぞれの思い

砂川闘争50年それぞれの思い

砂川闘争、ずいぶん昔の事だと思ってましたが

まさか明日、“初会合”だとは(^_^;...全面返還されてから、ずいぶんたつのに。あの辺は農地が多いです。立川基地反対グループがまだ活動している(らしい)ので...左翼?自衛隊は災害救助にも行くんだから許してあげたら?(^_^;....と思ってましたが、砂川闘争がらみの事だったんでしょうか。