人を裁くときに憤っては人間失格だと思います。

裁いているうちに、自分がエラくなった気分になっちゃったのかな?(〃▽〃)
以下引用です。

被告に裁判員が「むかつく」裁判長「もうそのへんで」

リンク:朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?
強姦(ごうかん)致傷事件を審理している仙台地裁裁判員裁判で19日、男性裁判員の一人が「むかつくんですよね」と男性被告(39)を法廷で非難した。真剣に反省しているかを確かめようとして、被告の返答が煮え切らないのに憤ったとみられ、裁判長から「もうそのへんで」とさえぎられた。

 この裁判員は被告人質問で「逮捕は運がなかったと思っていませんか」「二度と繰り返さないという気持ちはありますか」などと質問し、被告が黙っていると「即答できないのですか」と続けた。さらに「当たり前のことしか返ってこない。もうしませんとか反省してますとか」と述べ、興奮気味に「むかつくんですよね」と声を荒らげた。被告は黙ったままだった。

 審理終了後、被告の弁護人は「反省態度を確かめようと、検察官や弁護人ができないような聞き方で真っすぐ被告に語りかけ、言葉がヒートアップしたのではないか。けしからんということはない」と話した。(堤之剛)

いつかは出ると思ってました。

>「反省態度を確かめようと…
うーん(^_^;...例え反省していたとしても「裁判員にあやまる筋合いは無い」と思う。なんで裁判員の心を動かせるぐらいまでに反省の意を表さなきゃイケないのかな?...逆に言えば、こういう時に さも反省しているように芝居が出来る人こそ本当の悪人だと思う。

罰に反省が要るのだろうか。

相手の心の内なんか差し計る必要もなく、反省も必要有りません。そんなものは他人からは決して窺い知れぬ事。だ〜か〜ら〜、「“犯罪をする意志”に対する罰」と実社会との矛盾が起きるんです。
リンク:「“犯罪をする意志”に対する罰」と実社会との矛盾 - たみぃ (t_aki)の ブログ
以下引用です

「カッとしてやった」とか「衝動的に」とか

この「頭に血が上った状態」って、まともに物事が判断できない状態なのでは?と思う。もしも、この状態が「まともに物事が判断できない状態」だと認められたらどうするんでしょう。自分が客観的に「誰が見ても頭にキテる状態」ならば、怒りにまかせて何をしても良いなんて理屈が通りそうに思う。そのように計算して行動する人もいるかも知れない。でも...頭にきたって比較的冷静に判断できる人も...少なくとも、攻撃的な手段に訴える事をしない人だって居るんです。というか、世の中のほとんどの人は、そういう人だと思ってます。
中には、暴力を振るった事を自慢する種類の人も居ますけどね...

  • ウチの父ちゃんも然り。子供の頃いじめっ子だった事を自慢されたときは呆れました(^_^;)自慢にならない。恥ずべきことだと思うんですけどね...自分が当時周りからどのように見られていたか、とか、今、当時の友人たちに、どのような思い出で残っているかなんて考える事は多分、生涯一度も無いんだろうと思う。...閑話休題。

いろんな犯罪があるけど、ボクには、正当防衛とか知り合いを守る「緊急避難的なもの」以外ではどんな理由であっても殺人が理解できないという根拠のない自信がある。逆に言えば...例えば殺人しちゃったりする人には“ボクには理解しがたい”けど、それなりの理由がある訳で。それが他人に理解できるかどうかは関係ないです。「その人の」理由なんですからね。

そもそも、「“犯罪をする意志”に対する罰」を考えてるから「極刑」なんてものがあるんだと思う。

人を殺せる人とか、人を殺すほど憎めて、なおかつ他の手段が取れない人が周りにいたら社会性が保てない。でも...ただ「社会性が保てないだけ」なんであって、そう言う人たち同士で纏めて隔離されてれば問題はないんじゃ無いかな。

極刑というものは被害者側の私怨だと思う。その私怨より、「殺人しちゃったりする人の理由」の方が小さいと断言してはならないと思う。

悪いけど、感情論で 加害者に極刑をしろと叫び続けてる方々の その恨み、殺人しちゃったりする人の心と同じぐらい怖いです。ってか、加害者が出てきたら殺しちゃいそう。すでに、平穏な一般人じゃ無くなってると思います。だから...頼むから両方とも隔離して欲しいです(>_<)

必要なのは...「誰彼構わず襲うような行動様式では、社会性を保てない」という知識と経験。
世の中には 襲った事を自慢する種類の人間だっているんです。勿論、本当に行動するか(したか)は疑問ですが...相手も同じ思考(嗜好?)の人だと思って、これは自慢できる話だと思ったのかも知れないですけど(^_^;...趣味としてなら認めますよ!実際にやったら社会性が保てませんからね!!