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純粋に命令として承る

了解は失礼」論争。

ちょっと驚きました。
何々...「承知」を使え。と。
「了解」には、相手の言葉を理解して「あげる」と言う意味が含まれるから、
ソコが失礼に当たるんだって。 つまりは...相手の言葉の肯定度の違いですか...  
 

  • 「了解しました」

  • 「承知しました」

 

「了解」は、相手の言い分を こちらでかみ砕いて解釈する。

その部分に、相手の言い分に合わせてあげる と云う、

こちらにも意見があるけど押さえてあげますよ

というニュアンスがある。と解釈してるようです。
って、なるほどね。
部下の意見を聞く上司の、プライドに配慮した言葉
そういうとらえ方があるんだ...
 

「承知しました」の場合、

「承知」は、全面的に相手の言い分通りに承(うけたまわ)る。
承...つつしんで聞く。拝聴するって...謙譲語だから。
つまり「申し上げる」「拝見する」と同じ。
へりくだってる訳なんですね。
上下関係があるという前提での言葉。 自身の意見とは関係なく、純粋に指示を実行。と。

  • 間違えました。

単独だと謙譲語。しかし熟語になると謙譲語では無いそうです。
謙譲語とか敬語になるには、下の「○○しました」でオッケー。
 
でも、どちらにせよ「○○しました」で、
言い分を全面的に受けてると思うんですけどね。
同じ社内の人として使うには、
随分と へりくだりすぎのような気がします。
まるで2重敬語のようです。  
しかし、そう言われると、承知の方が無難に思えてきました。
「承知しました」で、純粋に命令として承る方が、
日本人の文化というか伝統に合ってる気がします。
 
...これもまた失礼な気がしますが、どうでもいいや。

ボクとしては、

最近のアナウンサーがよく使う、
「○○ですかね」という言葉のほうが、ずっと失礼だと思う。
「○○かね?」と同じでしょ?
人にモノを聞くにしては、随分と上から目線です。
 
アナウンサー同士だってダメですよ。
お互いだけで無く、第三者として聞いてても不快です。